支援事業 – 2011

東日本大震災

日独外交・貿易協定が締結されてから今年はちょうど150年を迎える記念すべき年です。それゆえ全ドイツにある約50の独日協会同様私が会長を務めるドルトムント独日協会も昨年から記念行事の構想を練り、徐々に準備を始めて来ました。今秋9月中旬から約2週間にかけて陶器の展示会、講演、コンサート、和食の夕べなど盛り沢山のプログラムでドルトムント及びその近隣都市の市民に、より一層日本に親しんでもらえるチャンスだと一同張り切っておりました。本当は楽しい記念すべき一年になるはずでした。
その日、3月11日に出先から帰宅すると、夫の暗い顔に迎えられた。ドイツのテレビでは繰り返し、繰り返しあの恐ろしい映像を放映していた。全てを飲み込んでいく凄まじい黒い水の塊が船から車から建物を推し流して行く。呆然とそれを見つめる人々。
何かをしなくては、何かをしたい、と思いつつ数日間はテレビとインターネットから目を離すことができなかった。多くのテレビ局は毎日朝から晩まで同じ光景を何度も何度も写していた。寄付を募ろう、という提案がなされた。そうだ、まず寄付を募ろう。

3月15日ドルトムント市に支局を置く新聞社4社が記者会見への招待に応じた。被災者の窮状を訴えた。どの新聞社も大きく取り上げてくれた。3月18日、沖縄県ユースホステル協会の沖縄国際ユースホステルマネージャーの福島誠司さんとプロジェクトを立ち上げることで一致した。プロジェクトの目的は被災地の児童・青少年・小さな子を持つ母親たちを沖縄に連れて行くことである。そこで彼らに心の傷を癒してもらう。または被爆の危険を避ける。必要に応じ滞在期間を伸ばす。それにともない入学の手続きなども行う。日本のパートナーはそのための受け入れ態勢を作る。ドルトムント独日協会はその必要経費のための義援金集めをすると役割分担した。

3月16日、新聞記事を読んだ市民の反応はすばやかった。ドルトムントの西方にあるNPO“故郷の森メンゲーデ”からまず最初に連絡があった。計画している、木の代親植樹式で寄付を募り、集まったお金はすべて我々の提唱するプロジェクトに寄付したいという申込みがあった。3月19日寒空の中、植樹式が行われ責任者に紹介された私は被災者の窮状を訴えた。その場で500ユーロ(約6万円)が集まった。

3月25日、音声と映像を学んでいる大学生カロリーネから連絡があり、何かお手伝いしたいとの申し出があった。私の友人の息子さんからプロジェクトのことを聞いたという。ブログを立ち上げてもらうことになった。その間続々と義援金が集まり、完成したブログに最初に載った義援金額は8.000ユーロである。(約100万円)

3月30日、ドルトムントのファビド幼稚園から連絡があり、子供たちが画を描いてそれを持って町に繰り出し寄付金を募った。ドイツの子供たちが日本の子供たちのために描いた絵“希望と友情と命”に詩を振りつけ、歌いつつ義援金が集められた。
3月30日現在の義援金額20.000ユーロ(約240万円)

4月2日、ドルトムントのディートリッヒ・コイニング多目的施設から、独日協会がチャリティイベントを行うならホールを無料で貸してくれるという申し出があった。急遽チャリティコンサートが計画され実行された。出演者はすぐ揃った。申し出が多くて当初の予定時間2時間を3時間にした。ドイツ人和太鼓グループ“泉力”を率いるヴィーゲルマン氏からその1週間くらい前にすでにチャリティコンサートをやるならもちろん出演するよというメッセージが届いていた。ドイツ、日本のミュージシャンをはじめ、韓国、キューバ、アフリカ、イギリスのミュージシャン、インドネシアのダンサーなどが出演してくれた。ケータリングを経営している会社の社長から食事と飲み物を寄付するという申し出があった。会場での切符売りから飲食物の販売、音声技術など全てがボランティアで行われた。
4月4日現在の義援金額25.000ユーロ(約300万円)

4月7日、ボットロップ市のハイネ高等学校から連絡があり、チャリティコンサートを音楽学校と共同で開催するので是非挨拶して欲しいとのこと。喜んで出席した。学生とは思えないすばらしいパフォーマンスと才能を披露した児童・青少年たち。司会から音声技術から、照明から何から何まで全てが生徒によって行われた。校庭にはソーセージや飲み物が販売され、鶴を折るイベントもあり、それらの収入を全てプロジェクトのために寄付してくれた。
4月8日現在の義援金額30.000ユーロ(約360万円)

4月15日、ドルトムントのクライ小学校が集めた寄付金の授与式が計画された。子供たちがワッフルを焼いたり、蚤の市でいろいろなものを売ったり、スポンサーランで(生徒が学校の周りを一周するとスポンサーとなっている会社が一周毎に25セント(約30円)払うことになっている)集めたものである。
4月15日現在の義援金額46.000ユーロ(約550万円)

4月16日、アーンスベルクという町でドイツ人和太鼓グループ“希望”のイニシアティブでチャリティコンサートが開催された。そこでは和太鼓グループ以外に日本人声楽家、ザンバグループ、ジャズなどありとあらゆるジャンルのミュージシャンがその技量を披露してくれた。西ドイツTV放送局がライブでコンサート会場から中継。
4月19日現在の義援金55.000ユーロ(約660万円)

4月20日、ドルトムントの隣町ウナ市で、ドルトムント独日協会とウナ市のカリタスとの共催でベックマン氏のチェロコンサートが開催された。シンプルな内装の教会がベックマン氏の奏でるチェロの響きで満たされた。

4月25日、ドルトムント市のオーケストラと合唱団が合同チャリティコンサートを開催した。イースターの連休時はドイツ在住の市民は皆休暇に出ており、観客の動員が心配されたが、それは杞憂に過ぎなかった。約1200名収容のホールがほぼ埋まった。指揮は小林氏、演奏される曲のうち一曲は“ふるさと”で浦山氏が編曲を担当した。その収入の半分は、被災地の音楽家のために、他の半分は当方のプロジェクトに。

5月3日、ケルン市所在の小学校の生徒たちは日本に伝わる千羽鶴の逸話を聞き、皆で鶴を折ることにした。そして父兄たちを招待し、ケーキやサンドイッチを作って販売し、それらの売上げを日本の子供たちのために寄付してくれた。
5月3日現在の義援金額65.700ユーロ(約790万円)

5月5日、日本ではこどもの日。ドルトムントのギムナジウムの生徒たちがチャリティコンサートを開催し、すばらしいミュージカルショーを披露、父兄や一般人を招待し義援金を募ってくれた。休憩時間には手作りケーキ、サンドイッチ、その他のお料理や飲み物がホールに所狭しと並んだ。最後のサプライズは、地元ドルトムントサッカーチーム、ボルシアドルトムントのメンバーのサイン入りサッカーボールを2つebayで競売にかけ、その売上げも寄付してくれることになった。
5月10日現在の義援金額72.460ユーロ(約860万円)

5月13日、ドルトムント市のボーデルシュヴィンク小学校の生徒たちは、すでに読み終え、譲っても良い本を各自持参し、5月祭で一冊2ユーロで販売するというすばらしいアイディアで多くの義援金を集めた。

ハーゲン市のフリッツロイター小学校の5年生の生徒たちが、日本の子供たちのために何かしたい、と寄付金集めを始めた。そのために情報や写真を集め、ポースターやパンフレットを皆で作り、構内で義援金を集めた。当校の生徒たちは日本の子供たちが悲惨な体験をなるべく早く忘れて、将来への希望をもてるよう祈っていますとのメッセージが届いた。

5月15日、ドルトムント市のオーケストラセンターでたった一人のドイツ人女性の主催でチャリティコンサートが開催された。日本の子供たちのために何かしたかったという彼女は、出演者、スポンサー、会場、パンフレットなど全てを友人たちの助けを借りてほとんど一人でオーガナイズし、すばらしい色とりどりのプログラムを構成し司会も引き受けた。その収入の半分は岩手県所在の養護園、半分は我々のプロジェクトに下さることになった。

5月7日から6月15日の間ドルトムント所在の現代ジュエリーショップのショーウインドーで2人の若い女性が鶴を折っている。そして寄付をしてくださった方に鶴をプレゼントしている。販売しているジュエリーもさながら素敵な紙で折られる鶴を白い小箱にいれて渡すセンスもさすがである。

5月16日現在の義援金額は76.682ユーロ(約920万円)
5月24日現在の義援金額は86.156ユーロ(約999万円)

5月31日、ウナ市のペーターヴァイス総合学校の9年生の生徒たちは義援金箱を持って市中に繰り出しHilfe fuer Japan(ヒルフェフューヤーパン)プロジェクトのために義援金を募った。女の子たちは思い切りおめかしして、多分たくさんの寄付が集まったであろう。
5月31日現在の義援金額は86.726ユーロ(約1.006万円)

6月1日、日本支社を運営しているザワーランドの電灯、電球を製造しているBJB社の従業員は日本の子供たちのために寄付を集め、会社の増額分を足して1万ユーロの義援金が寄付された。

6月1日、沖縄プロジェクトの公募が日本の各メディアで報道された。NHKオンラインでも紹介された。
6月7日現在の義援金額は97.927ユーロ(約1.136万円)

6月8日、公募の締切日。700人以上の応募があった。
選考後計107人、内訳で小学生85人、中学生18人、高校生4人が7月26日から8月23日まで沖縄国際ユースホステルに滞在し、沖縄の自然の中でリフレッシュすることになった。

6月8日、フィヒテ小学校が義援金を集めたので被災者の皆さんの現況をお話してほしいということで学校訪問。生徒たちはワークショップなどで事情を把握しており、質問が活発に出た。そのほとんどが福島の原発についてであった。
6月14日現在の義援金額は99.186ユーロ(約1.150万円)十万ユーロの大台まであと一息。

6月18日、ドルトムント劇場専属オーケストラの日本人有志の音楽家たちがチャリティイベントを企画、実行。当日はプロの声楽家、楽器奏者による本格的な音楽プログラムだけでなく、ドイツの小学校の子供たちが津波を描いた絵や写真も展示された。また折り紙、書道、着物試着、日本の遊び紹介、バザーなどのほかにも手作りワッフルやケーキをいただけるカフェも開店。200人以上の来客で大盛況となった。
当日8歳の女の子タラが自分の誕生日にプレゼントの代わりに家族、親戚、友人たちにお金をお願いし、全額日本の子供たちのために寄付してくれた。
またエリッヒ・ケストナー小学校の生徒たちは日本の被災地の子供たちへの願いをこめて千羽鶴を折った。独日協会はそれを沖縄に滞在する子供たちのために送ることにした。その鶴を手にした日本の子供たちの写真を皆とても楽しみにしている。
ヘーヒスト小学校の生徒たちは様々な活動をして義援金をたくさん集め、当日独日協会に手渡した。

6月26日、テコンドウ2段のクロアチア人のイニシアティブで武道関連者が一同に会し、それぞれの腕前を見せた。初心者、経験者、誰でも参加自由。合気道、柔術、空手、剣術、クンフー、太極拳、気功など各界の段保有者が直々に指導。休憩時間にはバーベキュー、ケーキ、アイスクリームなどが販売され、また画家が寄付してくれた絵も競売にかけられた。

6月、近隣の丘陵地帯ザワーランド在住の日本人女性ニッゲマン美由紀さんは、地域でメディアを通し幼稚園、学校、団体、商店、個人の方々に被災地の窮状を訴え、義援金活動を積極的に行いプロジェクトのために多額な寄付を集めた。
6月27日現在の義援金額は129.472,24ユーロ(約1.500万円)

7月13日、アーンスベルクの実科学校6年生Cクラスの生徒たち(16歳)がスポンサーランで多くの寄付金を集めた。スポンサーランとは、父兄や企業に良い目的のためにスポンサーになってもらい、例えば運動場を一周したら1ユーロ寄付してくれると約束を取り付け、子供たちががんばってできるだけ多く走り、その回数だけ寄付がもらえる。子供によっては30周した子もいるとか。

7月13日、シュヴェルテ市の全日制小学校の3年生と4年生(9歳~10歳)の生徒たちは日本の子供たちのためにのみの市を開催し義援金を集めた。子供たちが今回の大震災に大変興味を持ち、とくに放射能について心配しているのが彼らの質問から分かる。

  •  被曝するともうなおらないの
  •  どうしたら放射能を減らすことができるの
  •  皆いつもマスクをしていなければならないの
  •  子供たちを避難させて、大人はどうするの
  •  被災地のペットはどうしているの
  •  放射能からどうしたら身を守ることができるの

など多くの質問が相次いだ。

7月26日、やったー!
111人の福島の子供たちがボランティアのカウンセラーたちに付き添われて沖縄に到着しました。彼らは8月23日までの約4週間沖縄に滞在し、沖縄の大自然の下、多くの支援者に見守られリフレッシュします。子供たちの様子は下記のブログでご覧ください。

8月1日現在の義援金額132.982,12 ユーロ (約1.356万円)
ドルトムント独日協会の義援金口座から7万ユーロ、および国際カリタスによる当方のプロジェクトへの援助金を含め総額2.100万円以上が111人の福島の子供たちの沖縄滞在4週間の費用として沖縄ユースホステル県協会に振込まれた。
ドルトムント義援金口座残高:62.982,12ユーロ
注:円高による為替レートの変動により義援金が目減りしてしまいました。(1ユーロ≒102円)

8月ザクセン州のザイダユースホステルから激励の手紙が来た。ザイダユースホステルは10年来沖縄ユースホステルと子供交流を行っている。ザイダユースホステルの関係者は3月の大震災直後日本の友人たちを支援しようと、彼らの思いを行動に移した。まずユースのスタッフ自らが寄付し、当ユースを利用する全てのホステラーにも義援金をお願いすることにした。近隣の学校、団体、企業、個人も援助してくれた。その活動はザクセンユースホステル州協会のみにとどまらず、全ドイツのユースホステルに飛火した。あらゆる機会に義援金を募った。ドルトムント独日協会のプロジェクトチームと沖縄ユースホステルがこのたび100人以上の福島県の子供たちを沖縄につれてくることが出来て、子供たちの様子を毎日ブログで見聞きすることが出来るのはこの上も無く嬉しい。今後もこのプロジェクトを全力で応援するとの嬉しいメッセージであった。

8月6日、ドルトムントの平和市民団体は毎年8月6日に平和デモ行進を開催し、核兵器と原発の廃絶を訴えている。このたびの東日本大震災にあたりドルトムント独日協会も当イベントに参加し、被災地の状況と当方のプロジェクトを説明し義援金を募った。ボランティアの方々は鶴を折って、通行人に話しかけ折り紙を一緒に折り、またはプレゼントし義援金をお願いした。中部ドイツから約20名の邦人が参加し、平和行進のあとの話合いで、平和グループとして今後原発や被曝に関する情報を交換、発信し、なるべく多くの邦人に現状を知ってもらおうということで意見が一致した。

8月23日、111人の福島の子供たちが4週間沖縄でさんさんと輝く太陽、青い海、美味しい食べ物、そして人々の優しさを思う存分体験・堪能し、リフレッシュして帰途についた。震災後家に閉じこもって過ごしていた子供たちにとって至福の時間であったろう。次の100人の子供たちのために我々プロジェクトチームは義援金活動を続けていきます。

9月5日現在の義援金額146.939,29 ユーロ(約1500万円)(7万ユーロ送金済)
9月25日現在の義援金額150.435,12ユーロ(約1535万円)(7万ユーロ送金済)

9月、Eldorado Phoenix ダンサーたちがCountry & Westernダンスグループ開催のイベントで日本の子供たちのために義援金を募った。まず義援金箱を設置しダンスのトレーニングに来た人がいつでも寄付できるようにした。義援金活動の最後にナイトダンスへと続くチャリティワークショップを開催し、入場料を全て義援金箱に入れ、数えてみると3.500ユーロになっていたとイリス・フンクラーさんからメッセージが届いた。日本に営業所を運営するアメリカの会社で働くイリスさんは当初、日本の子供たちのために使ってもらう義援金の提供先を探すのは全く問題ないだろうと考えていたが、これが意外に困難を極め、運良く貴協会のブログを見つけることが出来た、とその裏話を明かしてくれた。

9月23日、アルバニアの音楽と詩の朗読によるチャリティコンサートがウナ市の移民融和評議会の主催で行われ、義援金が募られ、プロジェクトに寄付された。

9月24日、移民融和評議会の主催で2週間にわたりウナ市で開催されたインターカルチャー・ウイークの総仕上げであるフェッシバルが開催された。ドルトムント独日協会がこの国際色豊かなお祭りへ参加するのは今年で4回目である。ドイツ、スペイン、アルバニア、トルコ、ロシアなどの国々に加え今回初出場のベトナムの子供たちのダンスも披露された。日本からの出し物は和太鼓、折り紙で、毎年とても楽しみにしているという声が頻繁に聞かれる。ここでも評議会の計らいで福島の子供たちのために義援金の呼びかけが行われた。和太鼓グループ、希望太鼓はその報酬を全額我々のプロジェクトのために寄付してくれた。
9月30日現在の義援金額150.861,59ユーロ(約1.539万円)(7万ユーロ送金済)

10月14日、ザクセン州在住の6歳の男の子ヴィンツェンス・ハイニッヒはテレビの子供向けニュース番組“ロゴ”が大好きでよく見る。彼はその番組で東日本大震災のことを聞き、何とか日本の人々を助けたいと思った。彼はまず家の敷地にテーブルとイスを置き、そこで飲み物などを売ることにした。毎土曜日と日曜日彼は通行人に話しかけ、何故お金を必要としているのか説明した。そのアクションは地域の幼稚園、音楽学校、保護者の賛同を得、最終的に自治体も支援に加わった。幼稚園児ヴィンツェンスがイニシアティブを取ったこの義援金活動で集められた700ユーロは、ドルトムント独日協会と沖縄国際ユースホステルが共同で立ち上げた東日本支援事業に寄付された。

10月19日、ドルトムント市内に4件の薬局を経営するギーゼラ・アウスビュッテル氏からメールが入った。アウスビュッテル氏はパキスタンが被災したときも薬局に来るお客さんに義援金を募った経験がある。それゆえこのたびの東日本大震災の被災者を支援する活動は短期間で成果を挙げることが出来たと述べる。氏の薬局ではお客さんが買い物をするとその金額に応じコインがもらえる。お客さんはそのコインを集め、次回の支払いのときに使用することができる。そのコインを日本の被災者のために寄付してくれるようお願いした。そして集められたコインと同額を薬局が寄付するというもの。総額はなんと9200ユーロにもなった。さてその義援金を何処に寄付しようかと考えているときに、たまたまシュルターマン容子氏がラジオで福島の子供たちのために寄付してくださいと訴えているのを聴いた。原発の被災者を支援したいと思っていたので、これだとばかり連絡を取ったとのこと。義援金の引渡しにあたり、寄付をしてくれた人々を招待するので福島の現在の状況を話して欲しいとの要望に、我々は喜んで駆けつけた。

10月24日現在の義援金額161.077,43ユーロ(約1.643万円)(7万ユーロ送金済)
11月2日現在の義援金額162.521ユーロ(約1.657万円)(7万ユーロ送金済)

11月18日、ハーゲン市のケーテ・コルヴィッツ職業高等学校が様々なアクションで福島の子供たちが一時でも“普通の生活”が出来るようにと義援金を集めたとの連絡をいただいた。ドルトムント独日協会の理事たちは月末に主催するチャリティコンサートの打ち合わせで出席できないため、親団体の外国協会会長クラウス・ヴェーゲナー氏が代理で生徒代表のアレクサンドラとヤンからチェックを受け取った。あなた方は自分を誇りに思ってよいと、ヴェーゲナー氏は感謝の言葉を述べる。
11月25日現在の義援金額163.346,93 ユーロ(約1660万円)(7万ユーロ送金済)

11月26日、ウナ市のペスタロッチギムナジウムで独日協会と世代フォーラムの共催でチャリティコンサートが開催された。ミュージシャンは日本人の母親とドイツ人の父親を持つバイオリニストのミリアム・コンツェン氏とピアニストの荻本一之氏である。観客はこの二人のすばらしいミュージシャンの奏でる調べに魅了された。休憩に入る前に、プロジェクトで他の110人の福島の子供たちと沖縄で4週間夏休みを過ごした14歳の渡辺彩ちゃんのプロジェクト参加の感想とドイツの皆さんへの感謝の手紙が読み上げられた。2.153ユーロもの義援金が集まったのは彼女の心のこもった手紙に負うところも大きい。世代フォーラムのDr.フリッシュコップ氏の多大な貢献無しにはこのたびのコンサートを実現するのは難しかったであろう。氏はコンサートのオーガナイズだけでなく、ウナ市の商店、銀行、医療関係からも義援金を募った。

12月2日現在の義援金額166.244,37ユーロ(約1700万円)(7万ユーロ送金済)

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